最終更新日:2021/05/03
ワインの風味に影響を及ぼす醸造技術のひとつに「マロラクティック発酵」があります。
この記事では、マロラクティック発酵の意味や効果、ワインの特徴など関連知識を解説します。
Contents
マロラクティック発酵とは、乳酸菌の働きによってワインに含まれるリンゴ酸 (Malic acid)を乳酸 (Lactic acid)と炭酸ガスに分解させる醸造技術です。
リンゴ酸 → 乳酸 + 炭酸ガス
上記のように、マロラクティック発酵によってリンゴ酸が乳酸に変化し、さらに酸の量自体も少なくなります。
英語ではMalo-Lactic Fermentation(マロラクティック・ファーメンテイション)と言い「MLF」や「マロ」と略されることもあります。
マロラクティック発酵は、多くの場合アルコール発酵後に乳酸菌を添加あるいは野生の乳酸菌で発酵を起こします。また、現在はアルコール発酵とマロラクティック発酵が並行して行われることもあります(コ・イノキュラシオン)。
数ある乳酸菌の中で、ワイン醸造にとって重要な乳酸菌として、エノコッカス(Oenococcus)属、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、ペディオコッカス(Pediococcus)属が挙げられます。
エノコッカス属は酸素の少ない環境を好む一方で、ラクトバチルス属とペディオコッカス属は酸素のある環境でも増殖します。ピクルスやヨーグルトなどで使われる乳酸菌はラクトバチルス属やペディオコッカス属の乳酸菌です。これら乳酸菌は、15℃~30℃のとても弱い酸性の環境で増殖します。
マロラクティック発酵にとって最も重要な乳酸菌はエノコッカス属の乳酸菌で、エノコッカス・エニ(Oenococcus oeni)種(旧分類名ロイコノストック・エノス(Leuconostoc oenos))が最も有名です。上述の通り、嫌気的な環境を好むため、マロラクティック発酵を行うときは密閉容器で空寸のない状態で温度を20~30℃程度に保ちます。
乳酸菌は亜硫酸や低温、強い酸に弱いため、亜硫酸添加やワインを低温にすることでマロラクティック発酵を抑えることができます。
乳酸菌は空気中や木製容器、木樽の繊維の奥に潜んでいますが、酸の高い環境では増殖しにくいため、特に酸の強い白ワインの醸造にはフリーズドライの乾燥乳酸菌が利用されることもあります。
マロラクティック発酵は、乳酸菌がワインに含まれるリンゴ酸を乳酸に代謝する作用です。
では、リンゴ酸が乳酸に変化することで味わいはどう変わるのか、リンゴ酸と乳酸の感じられ方の違いを確認しましょう。
青リンゴをかじったときのようなシャープで爽やかな強い酸味を感じます。リンゴから見つかったことでその名が付けられています。
乳酸菌によって生成される有機酸です。ヨーグルトのようなまるく柔らかい酸味が特徴で、リンゴ酸よりも酸味の感じられ方は穏やかです。
このように、マロラクティック発酵はワインに含まれるシャープなリンゴ酸を柔らかい乳酸に変え、酸の量自体も減らす醸造技術であると言えます。
マロラクティック発酵は、酸の質や量を変える他にワインの香りや味わいに次のような変化を与えます。
マロラクティック発酵によって、ダイアセチル(バター様の香り)などの香り物質がワインに加わります。それにより、香りに乳製品や杏仁のような香りが加わります。
・酸味は減少し、乳製品のような柔らかい質に変化
・味わいに複雑さが増し、余韻も長くなる
このように、マロラクティック発酵によってワインの酸味は乳製品のような柔らかなニュアンスに変わり、全体としてよりまろやかで複雑に感じられます。
それでは、実際にマロラクティック発酵はどのようなワインで行われるのでしょうか。
赤ワインは白ワインに比べてpHが高く乳酸菌が増殖しやすいためマロラクティック発酵は起こりやすい性質があります。
さらに、マロラクティック発酵は、赤ワインの厳しい触感を和らげ酒質を向上させるため、基本的にほぼ全ての赤ワインで行われています。
白ワインの場合、ブドウ品種やブドウの成熟度、生産者のスタイルなどによってマロラクティック発酵の有無が分かれます。
ブドウ品種に関しては、特にシャルドネ種はマロラクティック発酵との相性がよく、多くの生産者が行っています。
逆に、リースリングやシュナンブランなどの品種はマロラクティック発酵が行われることは少ない傾向があります。これら品種はピュアなフルーツの香りやリンゴ酸の切れのある酸味こそが魅力のひとつであるからです。
このように、マロラクティック発酵によって個性が失われるような品種には、たとえ酸が強くても行われることは稀です。
また、同じブドウ品種でもブドウの成熟度によってマロラクティック発酵の有無や度合いが変わることがあります。
例えば普段マロラクティック発酵を行っている生産者でも、ブドウが熟し過ぎて酸が足りない年などは行わなかったり、一部のみ行うということもあります。
さらに、ブドウの品種や成熟度に関わらず、マロラクティック発酵特有の風味がワインに加わるのを嫌う生産者もいます。
シャンパーニュを始めとする冷涼産地のスパークリングワインの多くはマロラクティック発酵が行われます。
冷涼な気候は酸の強いブドウを生みます。その強い酸を和らげるために、多くの生産者はマロラクティック発酵を行います。
しかし、スパークリングワインの場合も白ワインと同様の理由でマロラクティック発酵を嫌う生産者もいます。
ただしシャンパーニュほど冷涼産地になると、ブドウの成熟度の高さとある程度の熟成期間を経ないと酸味が尖り過ぎてバランスが悪くなりがちです。冷涼産地でマロラクティック発酵をしないという決断には、生産者の努力やセンスが不可欠です。
現在、白ワインやスパークリングワインに関して、生産者の潮流はマロラクティック発酵をしない(ノンマロ)方向に進んでいます。その大きな理由として次の3点が考えられます。
地球温暖化によってブドウの成熟度が上がっているためマロラクティック発酵をする必要がない
醸造テクニックでワインを飾るのを嫌い、ナチュラルでストレートなブドウの風味を表現したい生産者が増えている
消費者の健康志向、食事のライト化の傾向によって、ワインの嗜好も変化している(マロラクティック発酵したワインと相性のよいバターやクリームを使った料理ではなく、ノンマロのワインと相性の良いライトでシンプルな料理への変化)
以上見てきたように、マロラクティック発酵は、酸味を和らげ、風味を複雑にする重要な醸造技術です。
「マロ」「ノンマロ」それぞれ魅力があり、マロラクティック発酵をするしないは生産者の考え方で決まります。
ぜひあなたも白ワインやシャンパンを飲むときに、その香りや酸味の感じ方に意識を向けてみてください。
乳製品系の香りの度合いや酸味の仕上げ方でその生産者の個性を感じることができます。
参照
・日本ソムリエ協会教本 2020
・The Oxford Companion to Wine / Jancis Robinson
・Understanding Wine Technology / David Bird