最終更新日:2021/03/20
ブドウの果汁、果皮、果肉、種子(場合によっては果梗も)を漬けこむ工程を「醸し(かもし)」「マセラシオン(仏)」「マセレーション(英)」と言います。
赤ワインの醸造において、醸しは発酵とともに行われます。果醪(かもろみ)の発酵が始まると果皮から色素成分(アントシアニン)やタンニン、香味成分などが抽出されます。さらにアルコール濃度が10%程まで上がると、種子の表面の油脂分が溶け、種子からのタンニンの溶出が始まります。
醸しの期間はブドウの成熟度や生産者のスタイルなどによって異なります。
ブドウの成熟度が高く長期熟成タイプのワインを造る場合は、醸し期間を長く取り、アルコール発酵終了後も醸しを続けることもあります。
一方、ブドウの成熟度が低く粗いタンニンの抽出を抑えたい場合や早飲みタイプのワインを造る場合は、醸し期間を短く取ります。
ワインのアルコール発酵が活発になってくると、発酵で生じる二酸化炭素の泡がブドウの果皮や種などを上面に押し出し、固形物の層ができます。これを果帽(かぼう)と言います。
醸し期間に果帽をそのままにすると果帽の層が乾燥して浮いてしまい、色素やタンニンの抽出がうまく行われなくなってしまいます。
そこで、以下のような方法で果帽の乾燥を防ぎ、果皮や種からの成分の抽出を促進させます。
ピジャージュ(Pigeage)は、櫂(棒)などを使って果帽をワインの中に押し込む最も伝統的な方法です。英語では、その動作の通りパンチング・ダウン(Punching down)と呼ばれます。
ピジャージュは、人力で行う力作業で危険も伴うため、特に小型の発酵タンクの場合に多く行われます。しかし、現在は大型タンクで機械が自動でピジャージュを行う設備も存在します。
発酵タンクの下からポンプでワインをくみ上げ、それをタンク上部から散布する方法をルモンタージュ(Remontage)、英語でポンピング・オーバー(Pumping over)と言います。
タンク下部のワインを上から散布することで、果帽の乾燥は防げ抽出が促進されるとともに、タンク内の液体を平均化したり、酸素を供給し還元状態を防ぐ効果もあります。
ルモンタージュは、ピジャージュよりも作業効率が良く、大型のタンクにも対応できます。一般的に、果皮や種子からの成分の抽出はピジャージュよりも穏やかと言われています。
ルモンタージュは、上部の開いた容器で酸素に触れさせて行うのが一般的ですが、酸素の流入を防ぐような密閉タンク内で自動で行う設備もあります。
デレスタージュ(Délestage)は、ルモンタージュをより大胆に行ったような方法です。
まず発酵タンクから一度ワインを全て抜き取り、別のタンクに移します。残った果皮や種はそのまま2時間ほど置かれ、場合によってはブドウの種子を取り除きます。その後、元のタンクに上からワインを散布して戻します。
この工程によって、ルモンタージュと同様の効果があるとともに、種を除去することで粗いタンニンの抽出を抑えることができます。
大型のセメントミキサーのように発酵タンクが自動で回転する設備もあります。それによって、果醪がミックスされ、抽出を促進することができます。
上記のような方法を使い、果皮や種子とワインを均等に接触させ、色素やタンニン、香味成分の抽出を促します。
それと同時にこれら作業には、以下のような効果もあります。
・酸素の供給により酵母の増殖を促したり過度な還元状態を防ぐ
・糖分、酵母、温度などタンク内の液体を平均化する
上記のような発酵期間中に行う抽出促進作業に加え、アルコール発酵前、あるいは発酵終了後に行われる特殊な醸造方法もあります。
具体的に以下のような手法が挙げられます。
破砕したブドウに亜硫酸を添加して低温(5~15℃)で数日から10日程度置く作業を「低温浸漬」、英語で「コールド・マセレーション(Cold maceration)」、フランス語で「マセラシオン・プレフェルメンテール・ア・フロワ(Macération préfermentaire à froid)」と言います。
低温を保持することで発酵の開始を防ぎ、発酵前に果皮と果汁を一定期間浸漬することができます。
それによって、果皮の色素成分(アントシアニン)や香り物質の抽出をより早める効果があります。
コールド・マセレーションの期間中は、果醪の酸化や雑菌の繁殖を防ぐため、以下のような作業も行われます。
・ドライアイスを表面に撒いたり、炭酸ガスをタンクに充満することで果醪が酸素に触れないようにする
・表面の乾燥防ぐため、タンク下部から果汁を抜き取り、果醪表面にかける(ルモンタージュと同様の作業)
コールド・マセレーションを行ったワインは、より安定した濃い色調になり、香りも華やかに仕上がります。
特に、淡い色調と繊細で複雑な香りの特性をもつピノ・ノワール種に有効な方法と言われています。
サーモヴィニフィケーションは、果醪を70℃前後まで加熱し、果皮からの成分の抽出を行った後、圧搾して果汁を取り、白ワインのように発酵を行う醸造方法です。フランス語では「マセラシオン・プレフェルメンテール・ア・ショー(Macération préfermentaire à chaud)」と言います。
これによって、種由来の収斂性の強いタンニンの抽出が穏やかになるため、軽やかで飲みやすい赤ワインに仕上がります。
基本的に、カジュアルレンジの早飲みワインの製造で使われる方法です。
除梗したブドウを急速に加熱した後、急速に減圧冷却する手法です。
これによって、果皮の細胞組織が壊れ、色素や多糖類、フェノール類の抽出が促されます。
アルコール発酵終了後、マロラクティック発酵が始まるまでのあいだ、温度を30~45℃まで上げ、一定期間保持することで、抽出を強める手法です。
参考
・The Oxford Companion to Wine / Jancis Robinson
・Understanding Wine Technology / David Bird
・日本ソムリエ協会教本 2020