最終更新日:2021/03/12
毎年11月後半になると話題になるボジョレーヌーボー。そのボジョレーとよくセットで出てくるのが「マセラシオン・カルボニック」というワイン醸造技術です。
そして、今やその技術はフランスを超えて世界中のワイン造りに使われています。
この記事では、マセラシオン・カルボニックの基本からそのワインの特徴、現在のワイン造りのトレンドまで詳しくご紹介します。
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マセラシオン・カルボニックは、酸素のない環境で無傷のブドウを房ごと放置することで細胞内発酵を生じさせる醸造技術です。
通常のアルコール発酵は、ブドウ果汁に含まれる糖を酵母がアルコールに分解することで生じます。
一方で、ブドウの細胞内で起こる発酵は、ブドウ内に存在する酵素が細胞内で作用します。
それによって、微量のアルコールの生成と色や香味を形成する様々な物質を果肉に移します。そのブドウを圧搾した後、酵母によるアルコール発酵を行うことで、華やかな香りと穏やかなタンニンの優しい味わいのワインを造ることができます。
この細胞内発酵を起こすには、「無傷のブドウ」と「無酸素の二酸化炭素環境」が必要です。
通常、二酸化炭素を重鎮した容器に房ごとブドウを入れることで細胞内発酵を生じさせます。このように、二酸化炭素(ガズ・カルボニック)環境にブドウを浸けておく(マセラシオン)ことからフランス語で「マセラシオン・カルボニック(Macération carbonique)」と呼ばれています。また、英語で「カーボニック・マセレーション(Carbonic Maceration)」と呼ばれることもあります。
ここで、一般的なマセラシオン・カルボニックの工程を確認しましょう。
一般的には人為的にボンベでタンクに二酸化炭素を注入します (ドライアイスを一緒に入れる方法もあります)。
ブドウは皮に傷がつくと、そこから果汁が滲出し、その果汁がアルコール発酵を起こしてしまいます。そのため、収穫でブドウを傷つけないために手摘みによる慎重な作業が必要です。
マセラシオン・カルボニックによって微量のアルコールが生成されるのとともに、ブドウに含まれるリンゴ酸が分解されます(リンゴ酸の半分の量が減少すると言われています)。
さらにマセラシオン・カルボニックによって、果皮のタンニンや色素成分などのポリフェノール、アミノ酸など様々な物質が果肉に移ります。
細胞内発酵によってアルコール度が2%程度になると、果皮から果汁が染み出てきます。
果汁は、上述の色素や香味成分が含まれた赤い色調のジュースです。
圧搾して果汁を別タンクに移し、白ワインのように酵母によるアルコール発酵を行います。
マセラシオン・カルボニックを行うワインで最も有名なのが「ボジョレーヌーボー」でしょう。しかし、そのワインの解説を読むと「セミ・マセラシオン・カルボニック」という言葉が出てくることがあります。これはどういう意味なのでしょうか?
「セミ・マセラシオン・カルボニック」とは、その名の通り、部分的なマセラシオン・カルボニックです。具体的には、人為的な二酸化炭素の注入を行わない製法です。
まず、タンク下層で潰れたブドウから出た果汁が酵母によってアルコール発酵します。
アルコール発酵で発生する二酸化炭素は酸素よりも重いため、下層の果汁が発酵して炭酸ガスが発生することでタンク内の酸素は自然と上部に押し出されます。
その後タンク内は二酸化炭素で占められ無酸素状態になります。結果、タンク上部の無傷のブドウにマセラシオン・カルボニックが起こります。
つまり、タンク下部の果汁でアルコール発酵を起こさせ自然にタンク内を無酸素状態にすることで、タンク上部のブドウにマセラシオン・カルボニックを生じさせます。
この手法は、ボージョレで伝統的に行われていたため、「マセラシオン・ボージョレーズ」とも呼ばれています。
この方法は、二酸化炭素を注入するマセラシオン・カルボニックよりも時間や手間はかかる分、よりナチュラルで、そのブドウの個性がより表現されたワインに仕上がります。特に、小規模生産者やハイレンジのボジョレーヌーボーでこの手法が採られています。また、タンクを密閉にしなかったり、どのくらいの比率で細胞内発酵させるかは生産者によってそれぞれです。
次に、マセラシオン・カルボニックをすることで、ワインにはどのような特徴が表れるのか見ていきましょう。
マセラシオン・カルボニックをすると、果皮の色素の抽出が促進されます。
この製法で造られたワインの色調は極めて鮮やかです。色の濃淡はそれほど強くありませんが、紫みがしっかり出た独特の鮮やかさがあります。例えば、ボジョレーヌーボーは通常の造りのワインとは明らかに異なる鮮やかな紫色をしています。
マセラシオン・カルボニックによって以下のような香り物質が生成されます。
・エチルシンナメイト(ケイ皮酸):イチゴやラズベリー
・ベンズアルデヒド:チェリー、キルシュ
・酢酸イソアミル:バナナ
マセラシオン・カルボニックのワインは、熟成の若い早飲みワインがほとんどです。
それゆえ、上記のような醸造由来のキャンディのような甘いフルーツや花の香りが強く感じられます。
例えばボジョレーヌーボーの場合、イチゴキャンディ、バナナ、スミレの香りが感じられます。
上述の通り、マセラシオン・カルボニックには減酸の効果もあります。
また、果皮と果汁の浸漬時間が短いため、タンニンの抽出は穏やかです。
結果として、フレッシュでフルーティーかつ酸味や渋みの穏やかな柔らかいワインに仕上がります。
マセラシオン・カルボニックのワインは、酸やタンニンが少ないため長期熟成には不向きです。
マセラシオン・カルボニックは、ボジョレーヌーボーとセットで説明されることが多いですが、現在世界中でこの技術を実験的に導入する生産者が増えているそうです。(参考:Carbonic Maceration Breaks Out of Beaujolais / wine-searcher.com)
その大きな理由として、地球温暖化とワイン消費者の好みのライト化が挙げられます。
地球温暖化によってブドウがよく熟すと、ブドウの糖度や凝縮度が高くなります。すると出来上がるワインも当然よりアルコール度数が高く濃厚なワインになります。一方で、消費者のワインの嗜好は、世界的にライトな味わいへとシフトしています。この変化に対応する策のひとつとしてマセラシオン・カルボニックを導入する生産者が増えているようです。
マセラシオン・カルボニックによって、色や香りを華やかにしながらもタンニンの抽出を抑え、フレッシュで早飲みのワインをつくることができます。さらに熟成を待たずにリリースできるので生産コストも抑えられ低価格でワインを販売できます。例えばオーストラリアやカリフォルニアの暑い地域のワインで、若い世代をターゲットにした低価格でジュースのような飲みやすいワイン造りに使われたりしています。
ブドウ品種も、ボジョレーヌーボーで使われるガメイ種のほか、ピノ・ノワール、シラー、グルナッシュ、カリニャンなどの黒ブドウ。さらに、ピノ・グリやシャルドネなど白ブドウでも実験的に使われ始めています。
また、前半で挙げたセミ・マセラシオン・カルボニックのように、部分的にこの技術を使う生産者も増えています。近年ブルゴーニュのワインでも増えている全房発酵も目的は違えどマセラシオン・カルボニックの一部と言えます。
このように程度の差こそあれ、今後マセラシオン・カルボニックの技術が世界的に使われるようになるという考えも間違いではないでしょう。
ワイン造りも時代によって変化し発展していきます。その変化を感じる一つとして、ぜひマセラシオン・カルボニックに注目してみてください。
参考
・Understanding Wine Technology / David Bird
・WINE SCIENCE The Application of Science in Winemaking / Jamie Goode
・Carbonic Maceration Breaks Out of Beaujolais / wine-searcher.com